同罪同罰を持論とする理由はそれは「公平」であるとの一点に尽きる。
百円盗んで発覚されたら百円返済しなければならず返済額は九九円でもなければ101円であってもいけないが、「同罪同罰」の精神だ。
当然他人の命を奪ったら自分の命で償いをするしか公平な方法はない。
それは日本の法の精神で守られているものだ。
日本でも死刑廃止論の声が高いと聞く。
その理由は色々あるようだが欧米では死刑制度を廃止か廃止する傾向にあるが日本人に説得力を持つようである。
しかし、米国人は7割以上の人達が死刑廃止論を信奉しているそうだが私が知っている限りでは身内を殺された遺族の方々はほぼ100%死刑を殺人者に望む。
この人情は世界共通なものでこれを無視した死刑廃止は直ぐにではなくても何れは我が身を嘆くことになると何故気がつかないのであろうか?
死刑は復讐刑ではない。
殺された人の遺族の救済である。
死刑を残虐というのであれば殺人を初めに犯した者の行為を何と呼べば良いのかと問いたい。
死刑には宗教倫理が適用されるものではない。
死刑方法には倫理が認められるが死刑は倫理によるものではなく万民に公平な法のもとに適用されるものでなければならない。
死刑のみに倫理を適用させるのは神の権限の濫用であり、それは神への従属ではなく神への冒涜であると知るべきであろう。
神も法もどちらも「公平」であるが故に万民から支持され信じられるものだからだ。


by えび男爵皿だ
最高益と最低益を記録した年度…