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国民新・亀井氏、死刑は許しがたい。

2012/02/23 20:50

 

亀井氏は死刑は国家権力が尊い命を奪うこととしているが彼は都合よく三権分離の理念を何処かに置き去りにしているのではなかろうか?

 

 「どんな犯罪者の命であっても尊い命であることには変わりない。それを国家権力が奪うことは、私としては許し難い」-亀井静香 


彼が言い忘れたのは「殺人犯は例外」だ。 
国家権力が絶対にしてはいけないことは市民からいかなる理由があろうと奪う事が許されないのは「自由を奪うこと」だ。 
例外は市民が違法を犯した場合だ。 
法に照らし合わせて裁判が行われ判決が下る。 
そこには国家権力の介入の余地はないはずだ。 

殺人犯の裁判の場合も全く同じことが行われ、司法の独立が保証されている国では国家権力が裁判の判決に影響を及ぼす余地は些かもないと法で保証されている。 
それを無視した又は忘れたかのような亀井氏の発言は国会議員として恥じ入るべき発言に思える。 
しかも国民新党と名乗る党の代表であればその責任をもっともっと自覚して良かろう。 
亀井氏は時としてまともなことを言う政治家と思っていたが議員として党のリーダーとして「国家権力」「市民の権利」「三権分立」をどの様に理解しているのだろうかとの疑問が彼のこの発言に湧いた。 

日本の死刑廃止論者に言いたいことは現行法は死刑廃止を支持していないので法を変えない限り死刑廃止にならないであるがこれは私が言うまでもない事だ。 
亀井氏は「死刑廃止を推進する議員連盟」の会長だそうだが、もし私が政治家で死刑廃止論者なら「死刑廃止を推進」するのではなく「死刑廃止法改正を推進」を標榜する。 
そうしなければ口先で死刑廃止を唱えてもいつまで経っても死刑は無くならない。 

そして私が死刑廃止論者であれば例え私の妻が殺され強姦されその後幼いわが子の命を奪われても絶対に憎いはずの犯人の死刑を少しだに望んではならないと心に刻みこむ。 
そうした決意が「死刑廃止論者」にあるならば尊敬する価値はある。 

しかし、そうした決意は亀井氏の言葉からは私に伝わってこないのだ。 

 

 

元少年の死刑に反対=国民新・亀井氏

 

 国民新党亀井静香代表は22日の記者会見で、山口県光市で起きた母子殺害事件で元少年の死刑が確定することに関し、「どんな犯罪者の命であっても尊い命であることには変わりない。それを国家権力が奪うことは、私としては許し難い」と、反対する見解を示した。亀井氏は「死刑廃止を推進する議員連盟」の会長。(2012/02/22-15:01)http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012022200568

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コメント(4)

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2012/02/23 23:00

Commented by macmac1965 さん

同感ですね。
「死刑廃止論者」や「人権派(屋)弁護士」や「マスゴミ」は犯人(容疑者・被告)にも
人権(生存権)があると至極尤もなことを云々するが、犯人が「被害者の人権(生命・財産etc)」を
著しく侵害したことに「思いを巡らした」事があるのだろうか。
えん罪の可能性が無い限り「犯人(容疑者・被告)」には「被害者の権利を回復するまで」人権を
停止されることもやむを得ないと思います。(殺人事件の場合は犯人が死ぬまで)

 
 

2012/02/23 23:31

Commented by tom-h さん

ふと思ったんですがこれ逆に例えばもし無期懲役になっていた場合に政治家が、「死刑にすべきだった」とか言えば確実に「三権分立を侵害している」とか言われたのではないでしょうか。

なぜ死刑廃止では言われないのか。

 
 

2012/02/24 08:49

Commented by Tom さん

To macmac1965さん
>同感ですね。
>「死刑廃止論者」や「人権派(屋)弁護士」や「マスゴミ」は犯人(容疑者・被告)にも
>人権(生存権)があると至極尤もなことを云々するが、犯人が「被害者の人権(生命・財産etc)」を
>著しく侵害したことに「思いを巡らした」事があるのだろうか。
>えん罪の可能性が無い限り「犯人(容疑者・被告)」には「被害者の権利を回復するまで」人権を
>停止されることもやむを得ないと思います。(殺人事件の場合は犯人が死ぬまで)
>

その通りだと私も思います。
殺人は人間の生存権と言う最も侵しがたい人権(全人権)を奪ったものである、と考えるべきで残された遺族はその代償に犯人の全人権を要求する権利があると思います。
死刑は被害者の遺族なら当然要求するもので死刑廃止は裁判に選択の余地を与えない国家権力の介入とむしろ言えるのでは?

被告には支援団体が居たと報道にありましたが、「本村さんに死刑を望まれたら素直に聴けるが裁判官からは言われたくない。」との内容の報道は正に人権をやみくもに主張する方々から浅知恵を吹きこまれたのではないかと想像します、何故なら遺族の本村さんが裁判官に成るのは不可能だからです。そしてこの考えは全ての殺人犯が言える屁理屈なんでしょう。
又、被告の心は揺れていたとの見出しも読みましたがその原因を作ったのは死刑廃止論を唱える方達で正に罪作りなことをしたものです。
彼らの存在は冤罪を着せられた被告には強大な支援になると思いますが罪を認め罰を受け入れようとしている人には何の役にも立たないものなんではないでしょうか?
その役立たずの政治家は亀井氏のような発言をする輩達だと思います。

 
 

2012/02/24 09:11

Commented by Tom さん

To tom-hさん
>ふと思ったんですがこれ逆に例えばもし無期懲役になっていた場合に政治家が、「死刑にすべきだった」とか言えば確実に「三権分立を侵害している」とか言われたのではないでしょうか。
>
>なぜ死刑廃止では言われないのか。

政治家の三権分立の精神に劣る発言と判決を批判する言論の自由とは別物と考えます。

>権力分立(けんりょくぶんりつ)とは、国家の権力を行政権、立法権、司法権と分け、それぞれを独立性を有する機関としての、行政府(内閣、大統領)、立法府(議会)、司法府(裁判所)に担当させ、各機関に他の機関の越権を抑える権限を与え、相互に監視しあうことにより抑制均衡を図り、もって権力の集中・濫用(乱用[1])を防止し、国民の権利と政治的自由を保障させようとするシステム。(ウイキペディアより)

裁判所は独立性がありしかも法の運営を厳正にするのを旨としますから政治家からの「死刑は国家権力が尊い命を奪う」との発言は不適切ですね。

 
 
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