亀井氏は死刑は国家権力が尊い命を奪うこととしているが彼は都合よく三権分離の理念を何処かに置き去りにしているのではなかろうか?
彼が言い忘れたのは「殺人犯は例外」だ。
国家権力が絶対にしてはいけないことは市民からいかなる理由があろうと奪う事が許されないのは「自由を奪うこと」だ。
例外は市民が違法を犯した場合だ。
法に照らし合わせて裁判が行われ判決が下る。
そこには国家権力の介入の余地はないはずだ。
殺人犯の裁判の場合も全く同じことが行われ、司法の独立が保証されている国では国家権力が裁判の判決に影響を及ぼす余地は些かもないと法で保証されている。
それを無視した又は忘れたかのような亀井氏の発言は国会議員として恥じ入るべき発言に思える。
しかも国民新党と名乗る党の代表であればその責任をもっともっと自覚して良かろう。
亀井氏は時としてまともなことを言う政治家と思っていたが議員として党のリーダーとして「国家権力」「市民の権利」「三権分立」をどの様に理解しているのだろうかとの疑問が彼のこの発言に湧いた。
日本の死刑廃止論者に言いたいことは現行法は死刑廃止を支持していないので法を変えない限り死刑廃止にならないであるがこれは私が言うまでもない事だ。
亀井氏は「死刑廃止を推進する議員連盟」の会長だそうだが、もし私が政治家で死刑廃止論者なら「死刑廃止を推進」するのではなく「死刑廃止法改正を推進」を標榜する。
そうしなければ口先で死刑廃止を唱えてもいつまで経っても死刑は無くならない。
そして私が死刑廃止論者であれば例え私の妻が殺され強姦されその後幼いわが子の命を奪われても絶対に憎いはずの犯人の死刑を少しだに望んではならないと心に刻みこむ。
そうした決意が「死刑廃止論者」にあるならば尊敬する価値はある。
しかし、そうした決意は亀井氏の言葉からは私に伝わってこないのだ。
元少年の死刑に反対=国民新・亀井氏
国民新党の亀井静香代表は22日の記者会見で、山口県光市で起きた母子殺害事件で元少年の死刑が確定することに関し、「どんな犯罪者の命であっても尊い命であることには変わりない。それを国家権力が奪うことは、私としては許し難い」と、反対する見解を示した。亀井氏は「死刑廃止を推進する議員連盟」の会長。(2012/02/22-15:01)http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012022200568


by えび男爵皿だ
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